僕が学校で1番Twitter強い

自分の誇れるものは何だろうと考えた。勉強は出来そうな顔だけれどもダメダメ、運動は走ったら必ず転ぶ
「ぼかぁ人間廃棄物だけど生きてるwエコでしょw」とツイッターで呟こうとしたときに気づいた

自分がツイッターを極めてることに


まず年数、どうやら僕は2013年1月からツイッターを始めたらしい。今使っているのは小5の頃に作ったアカウントだ。
ぼかぁがツイッターを初めた頃に生まれた赤ちゃんは今頃YoutubeでヒカキンTVを見始める年齢だろう
学校の人の赤ちゃんはまだ「まんま」とか「あんよ!」と言いながらしまじろうを見てる。なんたる幼稚だろうか。ぼかぁヒカキンやぞヒカキン
ヒカキンとしまじろう、どっちが知的でエキセントリックかはもはや明白だ。考えるまでもない。
そう考えると5年という長いツイッター歴は無条件で強いし、ぼかぁより早くツイッターを始めたクラスメートにはまだ会ったことがない。何故ぼかぁが本気でツイッターをやってるのかもこの年月が理由だろう。
次に”質”だ、ぼかぁのツイッターの原則は「バズらないなら死んだほうがマシ」である。ツイッターはオープンな世界だ、人が人と鎖のように繋がっている。故に多くの人に見られた方が面白いし楽しい。
多くの人に見られるにはバズるしかない、バズる為には日々面白いツイートをせねばならぬ。
大抵の人は10秒くらいでツイートを考えて日々の戯言を更新する、「おはよう」とか「たくやとカラオケわず!」みたいなツイート。日々更新されていくタイムラインは大半がそんな一日も経てば頭の片隅の片隅からも消えてしまう情報で構成されている。違う・・・違うんだ!
ぼかぁにとってツイッターは日記帳じゃなくて、大喜利に近いものだ。日々更新されていくタイムラインの中で他の情報より目立とうと面白いことを言おうと必死にもがいている。140文字という制限の中で面白いツイートをして誰かの気を引いて”いいね”されたらありがとうございます。RTしてくれた日にゃあ最高です。という世界なのだ。
つまり他の人のツイッターが日常の延長線上ならば、ぼかぁにとってはまさに銃弾が飛び交う戦場。こんな意気込みでツイッターをやってる輩は学校に存在しないだろう。ぼかぁのツイートは1つ1つが自分の作品であり誰よりも熱い想いが詰まっている。






つまりぼかぁ学校で一番強いツイッタラーだということを考えながら1人で一言も発することなくお昼ご飯の焼きそば食べてました。楽しそうな陽キャの声を聞きながら今日も「ツイッターでは勝ってるんだ・・・ツイッターでは勝ってるんだ・・・」と心に念じながら生きています。
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